世界は悪意に満ちている

広島県に始まり、栃木・長野・京都とここ最近児童が致命的な事件に巻き込まれるケースが頻発。それ自体は悲しむべき事なのだが、歪んでいる自分としてはどうしても気に掛かる部分がありまして。それは地域の親御さんの『信じていたのに』という言葉。この場合、京都で事件のあった塾に子供を通わせていた親御さん達の口から漏れていた言葉だが、『信じていたのに裏切られた我々が被害者であり、塾に通わせた事に対する落ち度は一切無い』との言い訳にしか聞こえないのよね。一体どういう経緯で親は塾を、塾講師を信ずるに至ったのやら。そもそも親が子を、子が親を殺す事が別段珍しくないこの御時世に師が弟を殺したところで別段驚きもせぬわ。